名優イアン・マッケランとパトリック・スチュワートが競演したことでも話題となり、昨年、日本で劇場公開されると大きな反響を呼び起こしたナショナル・シアター・ライブ(以下NTLive)「誰もいない国」がこの夏リバイバル上演されました。

NTLiveは英国ナショナル・シアターが厳選した、世界で観られるべき傑作舞台を こだわりのカメラワークで収録し各国の映画館で上映する画期的なプロジェクトです。日本では2014年にダニー・ボイル演出、ベネディクト・カンバーバッチ&ジョニー・L・ミラー主演の「フランケンシュタイン」で上演が開始されると大きな話題を呼び、今年で5年目を迎える企画です。

そしてこの度上演された「誰もいない国」はサブテクストを重視する詩的な文体で広く知られ、明快さやリアリズムとは距離を置く作品を世に生み出してきたハロルド・ピンターの代表作ともいえる作品。7月14日(土)シネ・リーブル池袋にて、日本の「ピンター研究の第一人者」喜志哲雄氏と演劇ライター大堀久美子氏をお招きしてトークイベントを開催。その独特な作風で世界中の舞台ファンを虜にしてきたこのノーベル文学賞受賞作家について、数多くの作品を翻訳してきた喜志氏は11月に新国立劇場にて上演される「誰もいない国」の翻訳も担当しており、ピンターへの理解を深めると共に柄本明、石倉三郎というこちらも日本の名優が主演する新国立劇場版の「誰もいない国」との比較も楽しみになるイベントとなった。

トークレポート

(右から)喜志哲雄氏、司会の大堀久美子氏


大堀
「今回のNTLive『誰もいない国』では映画などでも皆さんによく知られている二人(イアン・マッケランとパトリック・スチュワート)の名優が出演されます。なかなか観客に『わかる』、ということを許してくれないピンター作品ですが、喜志先生、鑑賞のヒントを頂けますでしょうか」

喜志
「ピンターは1950年代から劇作を始めました。近代のリアリズム劇はいわば『わかる』劇です。感情の動線があり、心理描写がはっきりしています。しかしピンターはそれとは反した『わからない』劇を創ってしまいました。これは当時、革命的なことだったのです。ピンターも自分の作品を解説するにあたって述べていましたが、人間は自分のした行動について、『なぜそうしたかわからない』というのがむしろ普通であると考えているのです。ピンターは哲学者ではありませんし、哲学的な作品だ、と構えて観る必要はないのです。むしろ、あまり結論を探さないで観ることが肝要だと思います」

大堀
「確かに日本のお客様は真面目で熱心な方が多いので、着地点や結末がはっきりしないとモヤモヤすることもあるかと思います。観て、そのままの感情を持ち帰って頂くのが良い楽しみ方かもしれませんね。それでは、先生にとってピンター作品魅力とはなんでしょうか?」

喜志
「まさに『言葉』ですね。この『誰もいない国』でいえば3通りの言葉が出てきます。堅苦しい言葉で探り探り会話が始まり、親しくなるに連れ徐々に砕けた言葉へと変わっていくのです。さらにこの作品は2幕になると様相がガラッと変わるのですが、せりふだけでなく、大名優の仕草、演技などテキストを読んだだけではわからない部分もやはり見どころですね」

大堀
「確かに2幕からはテイストが大きくかわり、下世話だったり赤裸々でスリリングな会話が始まりますよね。そこは本当に見どころだと思います」

喜志
「この芝居は、4人の男性の話ですが、ホモセクシュアルな匂いを感じ取ることができます。ただし、そういった内容が明確に描かれることはありません。例えば『ハムステッド・ヒースをうろつく』というせりふがありますが、それはゲイの男性が相手を探しにクルージングする場所で有名なんだそうです。翻訳した時は知らなかったのですが。そういった時には固い文体、夫婦の話をする時は少し丁寧に、そして不倫や浮気の話をする時はかなり砕けた話し方といったように言葉が分けて書かれているように思います」

大堀
「シーンとそれによる言葉の変化が関連づいているんですね。また、日本では新国立劇場で11月に上演される予定ですが、翻訳に気を付けたところはありますか?」
喜志「私は出版する時の翻訳と上演するときの翻訳は別物だと思っています。出版したのはもう40年ほど前になりますので、ちょっと今の時代では古く感じるのではないかと思う翻訳もあります。ですから今回は新たに演出家の寺十さんと上演台本を作るべく打ち合わせを重ねています。ぜひ楽しみにしてください」

大堀
「新国立劇場の上演では柄本明さん、石倉三郎さんといったやはり名優が出演されますが、期待する部分があればぜひ教えてください」

喜志
「お二人は古いリアリズムにとらわれていない俳優で、そういう意味ではこの作品をどう演じられるか非常に楽しみです。翻訳者としては口幅ったいのですが、ぜひ期待して頂きたいと思います」

大堀
「一演劇ファンとして本当に楽しみです。より『わかる』ではなく、作品に『近づける』お話をありがとうございました。」

ゲストスピーカー 喜志哲雄氏について

京都大学大学院修了。京都大学教授を経て、現在、京都大学名誉教授。専門は英米演劇。
著書に、『劇場のシェイクスピア』『英米演劇入門』『喜劇の手法 笑いのしくみを探る』『シェイクスピアのたくらみ』『ミュージカルが<最高>であった頃』『劇作家ハロルド・ピンター』など多数。
ほかに、ヤン・コット、ピーター・ブルック、『ハロルド・ピンター全集』など、翻訳も多い。新国立劇場では2012年上演のピンター作『温室』の翻訳を手がける。

シネ・リーブル池袋 NTLiveアンコール夏祭り上映作と上映日程

『誰もいない国』
2018年7月13日(金)~2018年7月19日(木)

『エンジェルス・イン・アメリカ』
第一部(至福千年紀が近づく)及び第二部(ペレストロイカ)
2018年7月20日(金)~2018年7月26日(木)

『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』2018年7月27日(金)~2018年8月2日(木)
『ハムレット』

2018年7月27日(金)、2018年7月28日(土)
※2回限定上映

『お気に召すまま』
2018年7月29日(日)、2018年7月30日(月)
※2回限定上映

『ヘッダ・ガーブレル』
2018年7月31日(火)
※1回限定上映

『青く深い海』
2018年8月1日(水)、2018年8月2日(木)
※2回限定上映

『スカイライト』
2018年8月3日(金)~2018年8月9日(木)

『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
2018年8月3日(金)〜8月9日(木)

『一人の男と二人の主人』
2018年8月10日(金)〜8月16日(木)
『オーディエンス』2018年8月17日(金)
※1回限定上映

新国立劇場「誰もいない国」公演情報
作:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:寺十 吾
出演:柄本 明 石倉三郎 有薗芳記 平埜生成

ストーリー
ロンドン北西部にある屋敷の大きな一室。ある夏の夜、屋敷の主人ハーストとスプーナーが酒を飲んでいる。詩人のスプーナーは、酒場で同席した作家ハーストについて家まできたようだ。酒が進むにつれ、べらべらと自らをアピールするスプーナーに対し、寡黙なハースト。スプーナーは、共通の話題を見出そうとハーストに話をふるが、もはやそれが現実なのか虚構の話なのかわからない。そこへ、ハーストの同居人の男たちが現れて・・・・・・。

公演日程:2018年11月8日(木)~25日(日)
会場:新国立劇場 小劇場
料金:A席6,480円 B席3,240円(税込)
前売開始:2018年9月9日(日)
新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999

新国立劇場演劇HP

関連キーワード